奈良の墨 The sumi of Nara

平安時代には、墨の原料である松煙の産地が墨を造っており、奈良の墨は寺社を中心として、紀伊熊野の山々から松煙の供給を受けて造り続けられていました。

奈良県の興福寺は、藤原氏の氏寺として建立され、藤原氏の隆盛と共に興福寺の財力が豊かになり、灯明に使う胡麻油や筆記や写経、春日版と言われる木版摺りの経典に使う墨の生産などを一手にしていました。特に墨は、興福寺ニ諦坊(にたいぼう)に造墨手を置き、かなりの量がつくられていたと考えられています。

日本製墨の墨づくり

Sumi making of Nihonseiboku

明治時代の中期に坂倉文五郎が、奈良の地に於いて坂倉文賞堂の屋号で製墨業を創業し、現在までに様々な墨を製造してまいりました。

日本製墨の代表的な墨

萬世

玄之又玄

紅花墨

墨づくりの工程

墨は煤(すす)、膠(にかわ)、香料を原料に練り合わせて作ります。
墨には、菜種、胡麻、桐の油を燃やして採った煤から製する「油煙墨」と松脂(まつやに)を燃やしての「松煙墨」があります。
煤は、黒々とした墨の色を示し、膠は紙や木に書かれた煤を定着させる働きをし、香料は膠のにおいを消し、清い香りをもって書く人の気持ちをやわらげる役割があります。
墨は気温が高く湿気の多い夏場は膠がくさりやすくなり、墨づくりには適さないので、墨づくりは毎年10月中旬から翌年4月下旬までの寒期に行ないます。

  • 墨の製造工程
    製墨図解 奈良市 大日本製墨會社
  • 1:松脂を取る
    生きた松の樹幹の傷に生じた樹脂のみを集めて採煙しする『いきまつ松煙』、純粋な樹脂のみを燃やす為に最良の炭素末を得ることができる。
  • 2:松煙の採取
    原料である松を、無風の採煙室(紙張り障子で囲った小屋)に竈(かまど)を設け、前部の障子の下部に小さな口をあけ、そこより一定の大きさに切った松を焚口にくべて焚き、煤煙が障子に付着したものを採取します。
  • 3:燈芯作り
    乾燥させた燈芯草(藺草)を取出し、燈芯を作る。藺草は湿地を好み、大和の各河川が合流する奈良盆地中央の低湿地帯は最適で、藺草の栽培が盛んに行なわれていた。
  • 4:手焚油煙の採取
    煙室内部の三方の壁に二段の棚を設け、その上に、土製の燈油皿を等間隔に並べる。菜種油などを入れ、燈芯に点火。上ある土器皿を回転させ、全体に付着させたうえ、採取する。
  • 5:膠の溶解
    煤とともに、墨の原料となる膠を二重釜に入れて、長時間煮立てて膠の溶液を造る。
  • 6:練り固め型入れ
    精選された煤と膠及び香料を混合させ、手や足でよく練り固める。この時の含料割合や練り方次第で品質の良否が決る。
  • 7:耳削り
    木型から取出した墨を「耳削り」しながら検査を行います。
  • 8:灰乾燥/自然乾燥
    木型から取り出した墨は、水分が多いので、木箱の中に木灰をかけて段階的に乾燥させる。水分の少ない箱に、分けながら移すことで、約7割の水分が取り除かれるまで毎日繰り返し行う。
  • 9:洗い/磨き/研ぎ
    表面についている灰や汚れを水で洗い、綺麗に磨きながら整る。「紅花墨」の場合、炭火で焙りやわらかくしてから、蛤の貝殻で光沢が出るまで磨き、艶出しを行います。
  • 10:彩色
    磨かれた墨は、金泥、銀泥、その他の色を使って色付けをして墨の完成となります。